トヨタの研究開発拠点と技術者について

一番初めに「技術・研究開発の拠点」として設立されたのは、「本社テクニカルセンター」です。
「本社テクニカルセンター」は、1954年10月に建設され、稼働し始めました。
それまでに生産されていた、「トヨペット・クラウンRS型」は、創業当時の旧研究開発施設で開発された、最後の車両となります。
1957年、「クラウン」の製作がされ、アメリカへも輸出されたのでしたが、「高速道路への適合が出来ない」と言う理由から、アメリカへの輸出は一時中断されました。
トヨタは、アメリカ再上陸を目的として、テクニカルセンターで、「自動車に関する技術研究」を更に鍛え直すことで、「テクニカルセンター」を、自動車先進国であるアメリカへの進出への第一歩としたのです。

 

その後、「テクニカルセンター」は、1963年10月に3階建てに増築され、「設計室、デザイン室、図書室、青写真室、化学実験室、物理実験室、自動車実験室」から構成されて、かなりの大規模なものとなり、設備としては当時の最先端の「試験用装置、実験・分析機器」などを取り入れることによって、常に、最先端の「自動車の研究・開発」の拠点とされてきました。

 

その後、技術部門の施設として、技術の進歩・発展とともに、現在は、建設後50年目の2003年12月竣工した新「技術本館」にその役割を引き継ぎました。

 

その他には、1966年「東富士研究所」で「先行開発」を目的とした研究所や、同じく「先行デザイン」を目的とした「東京デザイン研究所」の設立、「評価業務」を主とする「士別試験場」が1984年に設立されるまでになりました。

 

そして、1960年(昭和35年)には「基礎研究」を目的とする「(株)豊田中央研究所」
が設立されたのです。

 

現在も、才能ある技術者を育成する為、「根気強い・粘り強い研究者、技術者」の育成を基本理念として、日々研究開発がされているのです。


ホーム RSS購読 サイトマップ
"